主の涙によって祈る

 「主は言われる、『今からでも、あなたがたは心をつくし、断食と嘆きと、悲しみとをもってわたしに帰れ。あなたがたは衣服ではなく、心を裂け」。あなたがたの神、主に帰れ。主は恵みあり、あわれみあり、怒ることがおそく、いつくしみが豊かで、災を思いかえされるからである。』」(ヨエル2章12節~13節)
「心を裂け」と主は言われます。真の断食の姿がここにあります。「心を裂く」とはどういうことでしょうか。

 使徒行伝にはこのように記されています。「一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が『さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい』と告げた。そこで一同は、断食と祈とをして、手をふたりの上においた後、出発させた」(13章2~3節)

 使徒たちは救霊という主の重荷を感じて、宣教に必要な上からの力を得るために断食して祈りました。私たちは、そのような救霊の情熱をもって祈ってきたでしょうか。最も身近にいる家族や友人の永遠の魂の救いのために、どれだけの涙をもってとりなしてきたでしょうか。私たちが住んでいる地域や教会の周辺に住んでおられる方々の魂の叫びを聞いてきたでしょうか。―――聖霊が彼らに触れてくださるようにとりなすこと―――私たちはまさにそのために召されたのです。

 「わたしが選ぶところの断食は、悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、しえたげられる者を放ち去らせ、すべてのくびきを折るなどの事ではないか」(イザヤ58章6節)

 もしそれらのことに怠惰であったのなら、私たちは悔い改めて、「心を裂いて」祈りたいと思います。大いなる主の憐れみがこの国にもたらされるように。日本がキリストの愛の大波で、大雨でのみつくされるように祈りましょう。

 エレミヤは言いました。「ああ、わたしの頭が水となり、わたしの目が涙の泉となればよいのに」(エレミヤ9章1節)と。主はこの世界を憐れんでおられます。エレミヤはその主の思いと一つになったのです。その涙は主ご自身の涙でもありました。主の涙が、主の愛が、主の痛んだその痛みが、私たちの霊に移されるほどに祈りましょう。これは同時に、私たち自身が神との正しい関係を回復していく近道にもなります。

 リバイバルはあなたの心の中から始まります。神に触れられた人はすべて祭司です。キリストに出会った人は、愛のゆえにとらえられ、愛のゆえにキリストに心を奪われます。その時、祭司として召されたあなたのとりなしの祈りによって流される涙が、聖霊の川となって流れていくのです。

 「こうして、人々は西の方から主の名を恐れ、日の出る方からその栄光を恐れる。主は、せき止めた川を、そのいぶきで押し流すように、こられるからである」(イザヤ書59章19節)。主は祈りを通してリバイバルを起こそうとしておらます。それは必ず起こるのです。

① 断食中は十分に水分補給するようにしてください。
② 断食明けの食事は、ボリュームの少ない軽めのものをとるようにお勧めします。
③ 断食中は、聖書を読み、祈り、瞑想することに集中してください。

セブンスデー・アドベンチスト教団 伝道局長 花田憲彦