祈りと断食について

 断食と祈りとは聖書の中で密接な関係をもって書かれています。

 モーセはシナイ山で神から律法を受け取るにあたって、40日40夜断食したと書かれています(出エジプト3:28)。ヨナがニネベで悔い改めを説いた時、人々は荒布をまとって断食したと書かれています(ヨナ3:5)。またネヘミヤはエルサレムが崩壊したまま放置されていることを聴いて断食のうちに祈りました(ネヘミヤ1:4)。ダニエルはイスラエルの罪によって荒廃したエルサレムが回復されることを願って断食のうちに祈ったとき、天使ガブリエルより聖書の中で最も具体的なメシア預言である70週の預言を与えられました(ダニエル9:20~24)。アンテオケの教会は断食して祈りのうちにパウロとバルナバを選び、伝道旅行に送り出しました(使徒13:2~3)。そしてイエスはバプテスマの後、聖霊に導かれて40日40夜荒野で祈りと断食の時を過ごしました(マタイ4:2)。

 聖書で断食と祈りの組み合わせが勧められているのは、私たちが神の恵みと救いに心のすべてを明け渡し、この世のものから目を背けてキリストに焦点を合わせることが目的です。決して苦行を積むことによって神の好意を得、自らの行いによる功徳を積むことが目的ではありません。むしろ、飲食を絶って祈ることは、私たちの肉体の命を支えているのは肉の糧(かて)ではなく、私たちに命を与えてくださった創造主なる神様であるという信仰を行いをもって告白するという意味なのです。

 聖書を読むと、神を信じる人々が苦難の時、悩みの時にしばしば断食のうちに心を集中して祈ったことが書かれています。今、私たちも心から自らの足りなさと弱さを悔い改め、断食のうちに全身全霊を集中して神の恵みと憐れみにすがって祈らなければならないのではないでしょうか。神様は、求める者には喜んで聖霊を与えてくださると約束しています(ルカ11:13)。

(アドベンチストライフ2011年1月号より)