西日本教区新報2012年冬季号 2012年1月1日発行

織田えり子(高知教会)

私たちの教会にとって「777の祈り」は古くて新しく、かつ現在進行形のものであります。10年以上前、教会員の敬愛する姉妹が白血病を宣告され、その癒しを求める祈りとして、「毎日午前7時に祈りましょう」と教会あげてのお勧めがなされたのでした。姉妹はやがて眠りにつかれましたが、兄弟姉妹とともに心を一つにして祈らないではいられない試練は途切れません。後の雨、聖霊を求めるという祈りも私にとっては10年来の祈りのテーマです。いくら祈っても解決は遠のくばかりで現実の重さとともに、祈れば祈るほど渇く心の中で、ついには祈りに行き詰ったのでした。その時、神様が使徒1章を示され「聖霊さまを求める祈りをせよ」と気付かせてくださいました。実際的な問題は解決されなくても、また新たな試練に襲われても、私の祈りは渇くことがなくなりました。

朝の7時といえば、家族構成や職種によっては難しいこともあります。しかし、この祈りは地球規模で取り組まれていることを思うとき、日本時間の7時にこだわることはないのです。私の祈っているこの時間、どこかの国のアドベンチストの兄弟姉妹が祈っている、そのことを思うとその熱い祈りが伝わってくるようです。また、求道者の姉妹がこの祈りを知ってすぐに取り組まれました。そして彼女はクリスチャンではない自分の友にも「最近行くようになったSDAの教会では、東北大震災のことも含めて7日間7時に祈っているのよ、一緒に祈りましょう」と誘っていました。彼女が安息日礼拝に来られないある朝、神様が「申命記31:6を彼女に伝えよ」と知らせてくれました。それは突然の困難を目前にした彼女夫婦にとって機を得た聖句であり、感謝と驚きの返信が返ってきました。御言葉はイエス様のいのちがみなぎっていることを確信します。「777の祈り」の力に喜びあふれました。