777の祈りの証

所沢教会 斉藤昌子

 私は何かしている最中で夢中になっていると7時をふと忘れて、「あっ10分おくれてしまったー」とお詫びして祈ることもありました。しかし777の祈りを行うようになってから、祈る時、姿勢や心持を大切にしなくては神様に届かないと思いました。

 朝7時は、6時に起きる私にとって最高の朝の祈りとなりました。感謝です。それから一日のクリスチャン生活が始まるのですが、家族の多い(10人)私は、その中で一人信仰をもっています。世の習わしにぶつかることが多々あります。しかし777のリバイバルの祈りをいただいてから、直感の働きと、分別を無理なく正しく判断が出来るようにもなりました。私自身の改革です。イエスさまに愛され、喜ばれる私をつくっていきます。777の期間が終わっても私は朝の7時の祈りは私の一日の始まりのテーマとして、ずっとずーっと続けていきたいと決めました。

 『各時代の大争闘』の配布もあります。今からもう手渡しできる、そして、少しでもお話のできる親戚、友人、知人(ヒズハンズで訪問している人を含めて)をノートにとっています。祈るしかありません。

証 - アドベンチスト・インフォメーション2月号

東日本教区・A姉妹

今、わたしは「777の祈り」に参加させていただいています。初めのころは何をどう祈ったらよいのかよくわかりませんでした。聖霊を求めるというお祈りのテーマも何か自分の心の中のさけびではないようでお祈りをするたびに自分のお祈りがうそっぽく感じていました。しかし、毎日お祈りをしているうちにいつの間にかこのお祈りの習慣が一日の中で大切な時間に変わっていきました。あるときから聖霊の必要を感じるようになり、祈りを通して聖霊の導きに感謝する自分の姿に気がつきました。

以前、ある牧師先生がよく「私たちを通りよき管としてお用いください」と、祈っていらしたのを思い出します。それは聖霊が私たちに働いてくださるときに、私の自我が聖霊の働きを邪魔することがないようにとのお祈りだったとわかりました。そして、聖霊によってだけ私が人を愛することができるようになれるのです。

今では「777の祈り」は私にとって積極的な祈りの時間になりました。家でひとりで祈っていても、同じときにたくさんのアドベンチストの方たちも一緒に祈っていらっしゃるという連帯感にとても励まされます。祈りの力をもっと体験し、聖霊の導きをもっと経験して、まだ神様のことを知らない方たちにイエス様をご紹介できたら素晴らしいと思います。テッド・ウィルソン世界総理がお話してくださいましたように、自分自身を「小さないなご」と思わないでイエス様によって自分には何でも出来ると言える強い信仰者になりたいです。(東日本教区・A姉妹)

教区長室便りNo.151 2012年2月18日発行

山﨑理恵子(西宮教会)

夜の7時になると、私の携帯が鳴ります。アラームで毎日「777の祈りの時」を知らせてくれるのです。時々、音が聞こえないところにいたりして、きっちり7時にお祈りというわけにはいかないこともあります。それはご勘弁していただいて、とにかく続けることが大事だと思っています。

日本のあちこちで同じ時間に祈る同胞がいるというのは、なんと心強いことでしょう。日本のリバイバルが、すでに始まっているのではないでしょうか。西宮教会では、安息日の午後に、自由参加の祈りの会をおよそ30分しています。祈りの課題をあげて、各自がそれぞれ声を出さないで祈ります。

777の祈りも、いくつかのテーマを決めて、具体的なことを祈ると、祈りの応答がわかって、ますます祈りに力が入るように思います。福音・三天使の使命を伝える教会として、ますます主の光を掲げたいですね。

教区長室便りNo.151 2012年2月18日発行

中村登世子(大阪センター教会)

朝一番の瞑想は神様への感謝から始めます。「神様は生きておられます。生きて働いておられます。神様に感謝します」と、これは5、6年前に牧師先生に教えていただいた祈りです。希望を生む「777の祈り」と相まって、それらは私の中で生きる力となり、渦になって、ただただ天に向かってのみ上っていきます。

昨年末、私はたった一人の妹を亡くしました。亡くなる半月ほど前のこと、私と妹は子供の時よくしていたように、一つ布団の中で抱き合いながら夜を過ごしました。生きて働いてくださっている神様のことを繰り返し話し、聖書を読み、「忍耐は艱難を生み、艱難は希望を生む」というみ言葉を書き写し、学び、祈りました。罪深い私とあなたを赦すために、イエス様は十字架にかかり、血を流してくださったと瞑想していた時、次々と妹の口から悔い改めの言葉が出てきました。平安をいただいたのでしょう。求道者の道を歩んでいた妹がこの世に残してくれたほほ笑みは私の小さな宝物となりました。

告別式の時、甥のお嫁さんの実家のお母様から聞いた話に驚きました。100年もの前、山形でクリスチャン家庭だったご実家のことを初めて聞かせていただきました。曾祖母様から受け継いでおられる優しさを見せていただき、そこに生きて働いておられる神様の大きな愛の一端を感じた時、この出会いにも胸が躍りました。

教区長室便りNo.148 2012年1月28日発行

仁後育子(成羽聖書研究会)

 
年末年始に新刊書『各時代の大争闘』を読み、感動の日々を過ごしました。この度、手軽に手にできる尊い「あかしの書」を読み感謝でいっぱいです。横書きと縦書きの何と大きな違いでしょうか。縦書きに慣れている者として吸い込まれるように読み進むことができました。

「終わりの時」に必ず読み味わわなければならない書を主が備えて神の民を導いておられることを思う時、この「777プロジェクト」にリバイバルと改革、後の雨を求めて祈ることを勧められていることの意味を考えました。

この新刊書を読了して、改めて「あかしの書」の存在の意義を考えさせられました。ありがとうございました。6000年にわたり人類を導いておられる主が「終わりの時」にこのような書物を全世界に備えてくださっていることに感謝するものです。特に第42章「大争闘の終結」までは終わりの時代に生存する者として厳粛な思いで読みました。今は聖霊の神様に導かれて自分の人生を全うしたいと思います。

教区長室便りNo.148 2012年1月28日発行

和田憲政(豊橋教会)

私が道徳的人物イエスではなく、神の子イエスに出逢ったのは、23年程前になります。新約聖書に4つの福音書がありますが、昔は子供じみた作り話の様に思っていました。しかし、旧約聖書や、其の他の中東の歴史と比べて見つめ直して見ると、福音書の内容がどれも事実として私に迫ってきました。

イエス様のマリアからの処女降誕。病人の癒し。死人の復活。四千人の人々に僅かなパンと魚で奇跡を起こした事(これらの奇跡は全て祈りが力の源になっている事を忘れてはならないと考えます)。イエス様の十字架刑の時、エルサレム全土が三時間程の闇に包まれた史実(此処にもイエスの祈りがあります)。イエス様に最も敵対していたサドカイ派の管理する神殿の幕が真っ二つに裂けた事実。

イエス様の僅かな信者以外、皆イエス様を死に追い遣った住民が殆どの人数を占める都エルサレムで、これらの奇跡が起きたとすると、もし福音書が偽作つまり作り話なら、福音書は闇から闇へ葬られたに違いない事。イエス様を直接見聞きしていた人々の中で、血統を重んずるユダヤ社会の中で、福音書の事実に一つでも嘘があれば、福音書は直ちに抹殺されていたでしょう。

西日本教区新報2012年冬季号 2012年1月1日発行

深谷万理(神戸教会)

昨年は身の回りで、問題と思えることが次々に起こりました。私はそのたびに「神様、どのように解決したらよいのですか。どうぞ導いてください。教えてください」と、日毎の「777の祈り」の中で祈り続けました。その結果、主は私の心にいくつかの御言葉を印象づけられました。「兄弟を愛する人は、いつも光の中におり、その人にはつまずきがありません」(ヨハネ第一2:10)。「わたしたちは、自分が死から命へと移ったことを知っています。兄弟を愛しているからです」(ヨハネ第一3:14)。

さまざまな問題は、私たちが、キリストの愛に根ざし、主にお委ねして解決して頂くこと、また神様によって私たちをひとつとしていただくことを「777の祈り」を通して与えられました。世界中のアドベンチストたちが共に祈る「777の祈り」が、天の至聖所に日毎に届けられ、リバイバルの波が起こることを心から願いましょう。そして、私たちの所属する西日本教区が掲げる①「後の雨を受ける-777の祈り」②「使命を果たす-福音の地図」③「信徒中心-福音宣伝者」の3年計画に沿って、共に主の使命を担わせて頂きましょう。

西日本教区新報2012年冬季号 2012年1月1日発行

織田えり子(高知教会)

私たちの教会にとって「777の祈り」は古くて新しく、かつ現在進行形のものであります。10年以上前、教会員の敬愛する姉妹が白血病を宣告され、その癒しを求める祈りとして、「毎日午前7時に祈りましょう」と教会あげてのお勧めがなされたのでした。姉妹はやがて眠りにつかれましたが、兄弟姉妹とともに心を一つにして祈らないではいられない試練は途切れません。後の雨、聖霊を求めるという祈りも私にとっては10年来の祈りのテーマです。いくら祈っても解決は遠のくばかりで現実の重さとともに、祈れば祈るほど渇く心の中で、ついには祈りに行き詰ったのでした。その時、神様が使徒1章を示され「聖霊さまを求める祈りをせよ」と気付かせてくださいました。実際的な問題は解決されなくても、また新たな試練に襲われても、私の祈りは渇くことがなくなりました。

朝の7時といえば、家族構成や職種によっては難しいこともあります。しかし、この祈りは地球規模で取り組まれていることを思うとき、日本時間の7時にこだわることはないのです。私の祈っているこの時間、どこかの国のアドベンチストの兄弟姉妹が祈っている、そのことを思うとその熱い祈りが伝わってくるようです。また、求道者の姉妹がこの祈りを知ってすぐに取り組まれました。そして彼女はクリスチャンではない自分の友にも「最近行くようになったSDAの教会では、東北大震災のことも含めて7日間7時に祈っているのよ、一緒に祈りましょう」と誘っていました。彼女が安息日礼拝に来られないある朝、神様が「申命記31:6を彼女に伝えよ」と知らせてくれました。それは突然の困難を目前にした彼女夫婦にとって機を得た聖句であり、感謝と驚きの返信が返ってきました。御言葉はイエス様のいのちがみなぎっていることを確信します。「777の祈り」の力に喜びあふれました。

教区長室便りNo.139 2011年11月26日発行

北野武俊(春日原教会)

毎朝、7時になると、同じソファーに座って、お祈りをします。

はじめは、どう祈っていいかわからず、とりあえず「聖書に書かれている方法」で、主の祈りから始めました。早速、聖霊様が「地球には時差がある」ということを、教えて下さいました。

調べてみると、国がない太平洋の真ん中を除いて、大体1時間毎に、朝と夜の7時があることになっています。7時に祈るといっても、来客があったり、お湯沸し中だったり、何かの都合で早くなったり、遅くなったりします。そうなると世界中の、どこかで誰かが同じテーマで、四六時中お祈りしていることになります。

教区長室便りNo.139 2011年11月26日発行

玉利恭子(鹿児島教会)

さあ!777のお祈りをして今日の旅路を始めましょう。

今、SDAの全信徒に「777の祈り」をするように奨められています。過日に案内係の方から「777の祈りに参加しませんか」と言われ何気なく「あー、ハイお願いします」と参加者人数の中に入れていただきました。「777の祈り」とはどういう祈りかよくわからなかったけど、先日、西日本教区長室便りにこの祈りが掲載され、又、後日この祈りのカード迄いただきました。

聖霊の注ぎを求めて―777の祈り 
⑦世界中のアドベンチストが ⑦1週7日間(毎日)⑦朝または夕方の7時に祈る